東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)73号 判決 1987年12月23日
原告
コニカ株式会社
(旧商号 小西六写真工業株式会社)
被告
特許庁長官
主文
特許庁が昭和55年審判第19748号事件について、昭和61年1月30日にした審決を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 原告
主文同旨の判決
2 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「静電荷像の現像方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、昭和49年8月28日特許出願をしたところ、昭和55年8月28日拒絶査定を受けたので、同年11月11日審判を請求した。特許庁は、これを同年審判第19748号事件として審理し、昭和56年11月4日特許出願公告をしたが、特許異議の申立があり、昭和61年1月30日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年3月3日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
樹脂と磁性体粒子を主成分とする磁性トナーを用い、キヤリア粒子を用いない静電荷像現像方法において、磁性トナーは1種類のトナーからなり、カーの流動性指数30を超える流動性を示し、かつ、比抵抗1014Ω・cm以上の絶縁性を示すこと、前記磁性トナー粒子表面には、磁性体粒子が露出されていること、少くとも1対のNS極を持つトナー給送用磁石による給送中にトナー粒子相互間で摩擦させて、前記磁性トナー粒子を帯電させること及びこのようにして帯電したトナー粒子を静電荷像を有する担体に接触させることによつて該静電荷像を現像することを特徴とする静電荷像現像方法。
3 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は前項のとおりである。
2 これに対し、本願の出願日前の出願であつて、その出願後に出願公開された特願昭48-138785号の特開昭50-92137号公報(昭和48年12月14日出願、昭和50年7月23日公開)の願書に最初に添付された明細書及び図面(以下「引用例」といい、これに記載された発明を「先願発明」という。)には、樹脂と磁性体粒子を主成分とする磁性トナーを用い、キヤリア粒子を用いない静電荷像現像方法において、磁性トナーは1種類のトナーからなること、比抵抗が106~1016Ω・cmであること、少くとも1対のNS極を持つトナー給送用磁石によりトナー粒子を搬送すること、トナー粒子を静電荷像を有する担体に接触させることによつて該静電荷像を現像する静電荷像現像方法が記載されている。
3 そこで、本願発明と先願発明とを比較すると、両者は、樹脂と磁性体粒子を主成分とする磁性トナーを用い、キヤリア粒子を用いない静電荷像現像方法において、磁性トナーは1種類のトナーからなること、少くとも1対のNS極を持つトナー給送用磁石によりトナー粒子を搬送すること、トナー粒子を静電荷像を有する担体に接触させることによつて該静電荷像を現像する静電荷像現像方法である点で一致し、(1)磁性トナーの比抵抗が、本願発明は1014Ω・cm以上の絶縁性を示すのに対し、先願発明は106~1016Ω・cmである点、(2)磁性トナーのカーの流動性指数が、本願発明は30を超える流動性を示すのに対し、先願発明はそれが記載されていない点、(3)磁性トナーの粒子表面が、本願発明は磁性体粒子が露出されているのに対し、先願発明はそれが記載されていない点、(4)磁性トナーの帯電が、本願発明は少くとも1対のNS極を持つトナー給送用磁石による給送中におけるトナー、粒子相互間の摩擦によるものであるのに対し、先願発明はそれが記載されていない点でそれぞれ相違しているものと認める。
4 前記相違点について検討すると、(1)について、比抵抗が1014Ω・cm以上の絶縁性を示す本願発明は先願発明の比抵抗1014~1016Ω・cmを包含するので、本願発明は比抵抗1014~1016Ω・cmを含む点で先願発明と同一であると認める。(2)について、引用例には、磁性トナーのカーの流動性指数について記載されていないが、磁性トナーのカーの流動性指数が大きいほど現像が容易に行なわれることは明らかであり、本願発明はカーの流動性指数が単に30を超える流動性をもつと記載され、現像を容易に行なうに際しての磁性トナーが具備すべき当然のカーの流動性指数を記載したにすぎず、格別のこととは認められない。(3)について、引用例には、磁性トナーの粒子表面に磁性体粒子が露出しているとの記載はないが、樹脂、磁性体及びその他の微量成分を加熱混練した後、粉砕機で粉砕し、更に分級機で分級して作られた磁性トナーは、磁性トナーの粒子表面に磁性体粒子が露出していることは明らかであるから、この点で本願発明の磁性トナーと差異があるとは認められない。(4)について、引用例には、磁性トナーの帯電が少くとも1対のNSを持つトナー給送用磁石による給送中におけるトナー粒子相互間の摩擦によるものであるとの記載はないが、引用例の第2図に見られるように磁性トナーは少くとも1対のNSを持つトナー給送用磁石によつて給送されているのであるから、磁性トナーはトナー粒子相互間で摩擦が行なわれているものと認められ、引用例に記載された磁性トナーが本願発明の磁性トナーと同じものであるから、トナー粒子相互間で摩擦が行なわれると当然に磁性トナーには摩擦帯電が生じているものと認められ、この点に差異はない。
5 従つて、本願発明は先願発明と同一であると認められ、かつ先願発明は、本願の出願日以前に出願され、その後出願公開されており、その発明者と出願人は、本願のそれらと相違するので、本願発明は特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないものである。
4 審決の取消事由
審決の理由の要点1ないし3は認めるが、4及び5は争う。
審決は、本願発明と先願発明との相違点(1)(磁性トナーの比抵抗値が本願発明では1014Ω・cm以上であるのに対し、先願発明では106~1016Ω・cmである点、以下単に「相違点(1)」という。)について、比抵抗が1014Ω・cm以上の絶縁性を示す本願発明は、先願発明の比抵抗1014~1016Ω・cmを包含するので、先願発明と同一であると判断するが、この判断は以下に述べるとおり誤つており、その結果本願発明と先願発明とは同一の発明であるとの誤つた結論に至つたものであるから、違法として取消されるべきものである。
1 (比抵抗について)まず、比抵抗についてみるに比抵抗とは電気抵抗を示す概念であり、磁性トナーのような微小粒子の集合体(マス)としての粉体の電気抵抗も比抵抗によつて表わされるが、粉体の比抵抗を通常の方法により測定し比抵抗値を得ようとすると、粉体が粒子の集合体であるため、測定時に電極を通じて粉体試料に加わる荷重の大小(圧力)により比抵抗値が大きく変化する。このことは常識として首肯できるところである(たとえば、甲第6、第7号証)。
従つて、粉体の比抵抗についてのΩ・cm単位の数値は、粉体に対して測定時に加わる荷重の大小(圧力)その他の測定条件との関連においてのみ、電気抵抗度を特定表示する意味を有するのである。
2 (本願発明における比抵抗について)そこで、本願発明における磁性トナーの比抵抗について検討する。
(1) 本願明細書の発明の詳細な説明中には、「一般にトナーの比抵抗は同一の樹脂とマグネタイトを用い同一の組成比のものを作つても分数の状態、粒径、測定時の圧力、印加電圧などにより大きく変動する…なお圧力は1kg/cm2、印加電圧は100V、試料の厚さは約4mm位のものである。多数の試料につき比抵抗と転写による画像鮮鋭度の低下の様子を調べた結果、少なくとも比抵抗は1014Ω・cm以上であることが必要であることがわかつた。」と記載されている(本願特許公報、甲第2号証の1の3頁5欄19~28行)。
この記載によれば、比抵抗の測定値を左右する測定条件については、測定時の試料に加わる圧力(荷重)と印加電圧とを特筆しており、前者については、1kg/cm2の圧力を加えて測定したときの比抵抗値が1014Ω・cm以上であることを要するとしているのである。そして、本願明細書中には、前述した測定条件以外の条件により測定した比抵抗値についての説明は全くない。
(2) してみると、特許請求の範囲の磁性トナーの比抵抗1014Ω・cm以上という記載は、前述した明細書中の測定条件についての説明に即したものであつて、電圧100V、測定時の圧力1kg/cm2の測定条件で測定したときの比抵抗値であると解するのが至当であり、これと異なる圧力下の測定により得られた比抵抗値であると解することはできない。
このように測定時の圧力1kg/cm2の条件下における測定値であると解した場合にのみ、本願発明に用いる磁性トナーの粉体としての電気抵抗特性の実体を特定的に観念することができ、従つて、他の粉体トナーの電気抵抗特性と比較して両者の異同を決することが可能になるのである(右測定条件を無視ないし捨象したΩ・cm2値では、比抵抗値のもつ実質的内容を確定できないから、本願発明に用いる磁性トナーと引用例その他の磁性トナーの比抵抗を比較して異同を決することはできない。)。
3 (先願発明における比抵抗について)次に、先願発明における磁性トナーの比抵抗について検討する。
(1) 引用例に開示されている磁性トナーは、先願発明の特許請求の範囲に106~16Ω・cmの電気抵抗を有するものと記載されているが、右特許請求の範囲には測定条件についての記載がない。しかし、この電気抵抗値も、特定の測定条件下で測定した結果を示しているはずである。
そして、引用例の発明の詳細な説明中には、「なお本発明において、電気固有抵抗値は下記の如き測定法で測定した値を云う。すなわち、底面が直径20mmの電極からなり側壁が絶縁材料からなる円筒状容器に1mlのトナー粉を入れた後、トナー粉体の上に直径20mm弱で重さ100gの電極板を載せ、1時間静置した後両電極間に100Vの直流電圧を印加して、電流を測定して、固有抵抗値を算出する方法である。」(甲第3号証2頁右下欄19行~3頁左上欄7行)。
(2) そうすると、引用例中のトナーの比抵抗を示す数値は、すべて前記測定条件による測定値と解すべきこと当然である。
4 (両発明の抵抗値の対比)
(1) そこで、本願発明に用いる磁性トナーと引用例の磁性トナーの各比抵抗値を示すために用いられた測定条件を比較すると、印加電圧は、いずれも100Vであるが、本願発明のトナーが1kg/cm2の圧力を加えた測定条件下の比抵抗値を示しているのに対して、引用例のトナーは、31.8g/cm2の圧力を加えた測定条件下の比抵抗値を示していることが計算上明らかである(即ち、100g÷〔(2.0/2)2×π(円周率)〕=31.8g)。
してみると、前記両者の磁性トナーの比抵抗値は、互いに大差のある測定条件のもとに得られた数値であるから、単に右数値の大小をくらべることによつては、両者の磁性トナーのもつ事実としての電気抵抗の程度について異同を論ずることはできず、それ故、本願発明にいう比抵抗値Ω・cmの1014以上と引用例の同106~1016とを比較して、両者の磁性トナーは、電気抵抗の程度について相重複し、両者のトナーは同一であると断ずることは許されない。
(2) 却つて、甲第6号証及び第7号証の比抵抗荷重依存性についての実験報告書に徴すると、比較的低抵抗を示す磁性トナー(試料A)及び比較的高抵抗を示す磁性トナー(試料B)について、それぞれ、本願明細書及び引用例に記載された測定方法と同様の方法により、電圧100Vを印加して比抵抗値を測定した結果として、
(1) 試料Aにおいては、荷重を32g/cm2から1000g/cm2へと増加すると、比抵抗Ω・cm値が1014台から1010台へと大きく減少し、その間に優に3桁の相違が生ずること(甲第6号証11頁及び第7号証5頁の各第1表参照)
(2) 試料Bにおいても、前同様の荷重の変化により、比抵抗Ω・cm値は1016台から1012台へと優に3桁を超える相違が認められること(甲第6号証12頁及び第7号証6頁の各第2表参照)
(3) 試料厚を相当変化させても、試料Aの比抵抗値は1000g/cm2の荷重下で1010台を維持しており、また、試料Bの比抵抗値も32/cm2の荷重下で1016台を維持していて、比抵抗値の試料厚依存性は無視してよいこと(甲第6号証14頁の第3表及び第4表)
(4) 測定結果は、おおむね101オーダーの精度を有しており、その信頼度は高いこと(甲第7号証4頁の4参照)が認められる。
(3) そうだとすると、本願発明にいう磁性トナーの比抵抗1014Ω・cm以上とは、先願発明にいう磁性トナーの電気抵抗値にして少なくとも1017Ω・cmまたはそれ以上のものであつて、両者のトナーの電気抵抗(比抵抗)は重なり合わない。
(4) よつて、審決の相違点1についてした判断が誤つていることは明らかである。
第3請求の原因に対する被告の認否及び主張
1 請求の原因1ないし3は認める。同4のうち、1、2の(1)、3の(1)、(2)及び4の(1)、(2)は認めるが、その余は争う。
2 原告の審決取消事由は、次に述べる点で誤つており、審決には違法の点はない。
(1) 特許発明の必須の構成要件は特許請求の範囲に記載しなければならない(特許法36条4項)から、たとえ、明細書の発明の詳細な説明の項に記載されている条件であつても、特許請求の範囲に構成要件として記載されていなければ、これを当該特許発明の構成要件とすることはできない。もつとも、特許請求の範囲の記載に不明確な表現のある場合で、その記載自体からでは技術内容を画然と定め難い場合にかぎり、明細書の詳細な説明の項の記載を参酌してこれを定めることはできる。
(2) これを本願についてみると、明細書の詳細な説明には、磁性トナーの比抵抗は測定時の圧力により、その比抵抗値は変動することが記載されているが、特許請求の範囲には、測定時の圧力の記載がなく、磁性トナーの比抵抗が1014Ω・cm以上の絶縁性を示すと記載されているだけである。
その上、特許請求の範囲に記載されている磁性トナーの比抵抗が1014Ω・cm以上の絶縁性を示すとの表現は不明確でないから、この技術内容を明細書の詳細な説明の項の記載を参酌して、特定の圧力下の比抵抗値であるとすることはできない。
(3) 原告は、本願発明の特許請求の範囲にいう磁性トナーの比抵抗1014Ω・cm以上とは、測定時の圧力1kg/cm2の測定条件で測定したときの比抵抗値であると主張するが、このような測定時の圧力条件が特許請求の範囲に記載されていないから、原告が主張するように解することはできない。原告の右主張は磁性トナーの抵抗値を測定する際の圧力条件が特許請求の範囲に記載されていることを前提とする主張であるから失当である。
(4) 一方、先願発明における磁性トナーの比抵抗値は審決の認定するとおり106~1016Ω・cmである。従つて、本願発明のトナーと先願発明のトナーとは、比抵抗値が1014~1016Ω・cmで重なり合うから、両者はこの点で一致する。
(5) よつて、両発明を同一発明であるとし、本願発明を特許することができないとした審決の認定判断に誤りはない。
第4証拠関係
本件記録中の書証目録を引用する。
理由
1 請求の原因1ないし3の事実、審決の理由の要点のうち1(本願発明の要旨の認定)、2(引用例の記載の認定)、3(本願発明と先願発明との相違点の認定)並びに請求の原因4のうち1、2の(1)、3の(1)、(2)及び4の(1)、(2)の各事実は当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。
(1) 請求の原因4の1の事実は当事者間に争いがなく、右事実によれば、本願発明及び先願発明における磁性トナーは、微小粒子の集合体即ち粉体であるところ、このような粉体の電気抵抗は、測定の条件の一つである当該粉体に加えられる圧力によつて影響を受けること、換言すれば、磁性トナーのような粉体の比抵抗値(Ω・cmで表示される数値)は測定時に粉体に加えられる圧力の大小によつて異なる値を示すものであること、そしてこのことは当業者において技術常識であることが認められる。
(2) そこで、本願発明における磁性トナーの比抵抗値について考える。
当事者間に争いのない本願発明の要旨によれば、本願発明は磁性トナーの比抵抗値を「1014Ω・cm以上」と限定するものであるが、特許請求の範囲には測定時の圧力条件についての記載はない。
しかし、本願明細書の発明の詳細な説明中には、請求の原因4の2の(1)において原告が主張するとおりの記載があることは当事者間に争いがなく、この記載によれば、本願発明の右比抵抗値の測定条件は磁性トナーに1kg/cm2の圧力を加えた場合のことであると認められる。
(3) 次に、先願発明における磁性トナーの比抵抗値について考える。
成立に争いのない甲第3号証(引用例)及び前記当事者間に争いのない審決の理由の要点2の事実によれば、先願発明における磁性トナーの抵抗値について先願発明の特許請求の範囲中には、「106~1016Ω・cmの電気抵抗を有する現像剤粒子」と記載されているが、測定時の圧力条件については記載されていないことが認められる。
ところが、先願発明の発明の詳細な説明中には請求の原因4の3の(1)において原告が主張するとおりの記載があることは当事者間に争いがなく、右事実によれば先願発明の前記抵抗値は、底面が直径20mmの下部電極と絶縁材料とからなる側壁を有する円筒状容器に1mlのトナー粉末(試料)を入れ、その上に直径20mm弱で重さ100gの電極板をのせ、1時間静置した後100Vの電圧を印加し測定した電流値から計算して得た値が固有抵抗値として示されているものであることが認められる。従つて、先願発明における磁性トナーの圧力条件は、試料に加わる圧力が100g÷〔(2.0/22×π〕≒31.8g、即ち、約31.8g/cm2となるものである。
(4) 以上、(1)ないし(3)の事実によると、本願発明と先願発明との各特許請求の範囲に記載された磁性トナーの比抵抗値は、それぞれの測定条件である圧力条件において著しい差異があるものであり、両発明の圧力条件を同一にして対比すると、その比抵抗値は相当異なつた値を示すであろうことは容易に推測できる。そして、当事者間に争いがない請求の原因4の4の(2)の事実によると、本願発明の磁性トナーの比抵抗値は先願発明がその特許請求の範囲において定める前記範囲の値をはるかに超えた高い値を示すものであることが認められる。
従つて、このような圧力条件を度外視して、ただ単に比抵抗の数値だけを対比して本願発明が先願発明の比抵抗を包含しているとすることはできない。
(5) 被告は、磁性トナーの圧力条件については本願明細書の特許請求の範囲に記載されておらず、これに記載されている比抵抗それ自体は不明確ではないから、先願発明と対比する場合には圧力条件を参酌する必要はなく、各比抵抗値自体を対比すれば足りる旨主張する。
しかし、既に述べたとおり、磁性トナーのような粉体の電気抵抗値は、粉体の測定試料に加えられる圧力によつて影響を受けるものであることに徴すると、本願発明においても先願発明においても特許請求の範囲には比抵抗値が示されているだけであつて、これを測定した圧力条件が示されていないのであるから、右各特許請求の範囲に記載された比抵抗値の技術的意義はそれ自体からは明確であるということはできない。(その意味において、磁性トナーの特定の比抵抗値を要旨とする発明にあつては、特許請求の範囲にただ単に比抵抗値それ自体を記載するにとどまらず、これと密接不可分な関係にある圧力条件についても、これを明記することが望ましいことはいうまでもない。)そして、このような粉体である磁性トナーの比抵抗値が測定試料の圧力条件に左右されるものであることとは、当業者の技術常識である(このことは、前記のとおり当事者間に争いがない。)ところ、本願発明においても先願発明においても前記のとおり圧力条件については、それぞれ発明の詳細な説明中に明記されているのである。
そうしてみると、本願発明について、特許請求の範囲の記載上の不備をいうのであれば格別、両発明の比抵抗値を対比してその異同を判断する以上明細書の発明の詳細な説明の記載をも参酌して判断すべきは当然のことであり、単に特許請求の範囲に記載された比抵抗の数値だけを対比して本願発明が先願発明のそれを包含すると認定することのできないことは明らかである。
よつて、被告の前記主張は採用の限りでない。
(6) 以上のとおりであるから、審決が本願発明と先願発明との相違点(1)について、本願発明は先願発明の比抵抗を包含するので先願発明と同一であるとした点は誤つている。そして、この誤りは本願発明と先願発明とが同一の発明であるとする審決の結論に影響を及ぼすものであることは、前記審決の理由の要点に照らして明らかであるから、審決は違法として取消を免れない。
3 よつて、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。
(瀧川叡一 木下順太郎 裁判官清野寛甫は転補につき署名押印することができない。瀧川叡一)